誰の目にも隠されていないが誰の目にも触れない
写真の自傷行為について(作品について)
私は2005年に一人息子を失くしてから、47歳で写真と出会いました。「写真を手段」として、対峙でき ない「息子の喪失」についてやっと向かい合う事ができ、作品(20050810:2017年発表)を作り、その事 によりそれを昇華し、自分から解放できたように思えました。しかし、あれからもずっと理解できない 「何か」を自分の中に溜めながら日々を実は過ごしていました。私はもっと自らの中に深く入り込み、 自分自身の「喪失」について「違うアプローチ」から「可視化」していく事が必要であるとずっと 考えていました。
今回の作品は「インスタント写真」に、過去の家族写真をプリントしてあります。この機材を使用しよう と思った理由は、いくつかあります。一つ目は、複製芸術である「写真」の中でも、通常は(普通のやり方 であれば)1枚しかプリントができない、このインスタント写真は、過去のもう変える事ができない 「思い出」という唯一性ととても相性がいいのではないかと思えました。
また、二つ目は、これから増える ことがない「息子の遺品」という唯一性も、撮影する事でそのイメージを写真の中に閉じ込める事につい て、とても適しているように思えたのです。 しかし、これらの家族写真の顔は全て潰されてあります。
通常、過去の思い出の写真に何か細工(破った り、マジックで潰したり、ピンを刺したり、燃やしたり等)することは、その記憶を消しさりたいという行 為の象徴です。写真というものは、(プリントをすることによって)「過去の思い出」という形のないもの を物体化させ、そして頭の中の記憶を破って捨てる事ができない代わりに、それを行う事ができます。
では 私は何故過去の「楽しい息子との思い出」を潰そうとしているのか?
私は、幸せな過去を消してしまいたい と思っているのか? 自分に問いかけてみました。
答えはすぐに出てきました。
「それは違う」
では何故なのか?
息子の突然の死により、未来の楽しい家族写真がもう撮れないという「悔しさと怒り」であると同時に、 過去の楽しい思い出が、
不本意に「愛しいもの」から「最も思い出したくない、考えたくない思い出」へと、 全く違ったものに変化していきました。
それをこの写真で表現しました。私の息子は何一つ変わっていない のに、彼は私にとって、記憶の中でモンスターになっていく…
そんな認めたくない恐怖があります。 「気持ち悪くて怖い」これらの写真はそのものであります。
写真自体を傷つける(=写真の自傷行為)事は、自分の体を傷をつける自傷行為と同じ意味があるのでは ないかと考えました。
(自傷行為の例としてはリストカット等があります。)これは、私にとって二つの意 味があると考えを整理しました。
一つ目は、「耐えがたい心の痛みを体の痛みで蓋をする」という事でし た。
「(略)~心の痛みを感じたときに、自傷の行為という形で、自分の体に、体の痛みを加えると、それ によって、なぜか心の痛みが緩和される、和らげている現象です。(略)」(注1)私はそれを体の痛みで ない別の方法でおこなったのです。
今回の写真で、顔を潰している行為をしている時は「吐き気を起こさせ るほどの嫌な気持ち」を抱きました。
そして、彼の父親である夫には、どうしてもこの写真を見せる事がで きませんでした。
では、何故そんな事をしているのか?何の意味があるのかというと、私は同じように、よ りひどい「心の痛み」もつ事で、
この耐えられない事実に対峙する事ができると考えたのです。
そしてその行為は同じようでありながら、少し違う意味もあるのがわかりました。
それは、「痛みによって自分の過去を取り戻したい」という事でした。
「(略)~身体を持つという実感を どのようにして得るのか。自我はそれを苦痛によっておこなう。(略)」(注2)
これは 一般的に、アメリ カでLeather(レザー)と呼ばれる性についての人々の特徴を解説している文章の中のあるセンテンスでした。
また、類似のものとして「幻肢痛」(=切断された腕や身体の一部に痛みを覚える症状)も例としてあ げられていました。
私は「自我と身体が完全に切断されていること」「痛みによってしか自分の身体をを実 感できない(=幻肢痛は存在しない肢体が痛むという逆のベクトルですが、結局の意味は同じだと思いま す)」という部分が、とても自分にとって理解できました。
まさしく今の状態を表しているのではないかと 思ったのです。
2005年に息子が急逝してから、もう15年が経ちました。私はもう毎日泣きながら家に閉じ こもり過ごしていた時期から、
社会へ出て働き、普通に過ごせるようになりました。しかし、悲しみが癒え た、乗り越えたというものではなく、
ただ、自分の感情を自分自身で押さえ込む事ができるようになっただ けだと思います。これは麻痺に似ている感覚があります。
過去のことは何も考えずに、ただ目の前の現実に 対応しているだけです。それはまるで、
過去は自分の身体から切断した自分の腕や脚のようでした。「存在 していない」という感覚です。
自我と身体が完全に切断されたような気持ちがずっとあり、私は別の人の身 体を動かしているような気さえしていました。
(まるでアンドロイドをリモートで動かしているかのよう に!)
切断された肢体を自分の身体として認識するために、私は幸せな家族写真(過去の記憶)に対して、
それを激しく傷つけることで、その「ひどい痛み」により、麻痺した過去の記憶(切断された自分自身の肢 体)を
取り戻しているのだと思います。
そう、私には息子がいたはず。
写真の下にコラージュしてあるのは「4歳児が読んでいた絵本のページ」「息子が生まれた時の新聞記 事」「息子が亡くなった事件のこととその事で私たち両親が取材されていた新聞記事」からです。
息子が生きていたという現実のメタファーとして、インスタント写真の下にコラージュとして貼り付けてあ ります。
インスタント写真をその上に配置することにより、目に見えない過去の記憶と、彼が読んでいたそ の絵本の時間と、
その後の時間が可視化され物質化されることにより、外への強いメッセージとして成り立 つと考えました。
この写真は1枚しかないし、この絵本のページも1枚しかない。新聞記事も今はない。
それをどうしても表現したいと思いました。
この作品のタイトルである「誰の目にも隠されていないが、誰の目にも触れない」という意味は、これは 私のストーリーであり、私の人生に対して重大な事件でありながら、「(略)~そこに最初から存在し、そ して失われることもなく、だが誰の目にも触れないもの (略)」(注3)であると感じたからでした。
こ のまま私が黙っていれば、このストーリーは誰も知らない話で終わり、誰も知らない作品として埋もれてい く予定でした。
<参考文献>
(注1)松本俊彦、自傷と背景のプロセス、心理教育相談室年報2010年第5号 4−18P
(注2)清水穣、永遠に女性的なる現代美術、初版、淡交社、2002年 47P
(注3)岸政彦、断片的なものの社会学、初版第十一刷、朝日出版社、35P
(*このタイトル「誰の目にも隠されていないが、誰の目にも触れない」は
この本の章タイトルであり、作品のタイトルに使用許可は筆者に連絡して承認済みです。)