​Lucid Dream  明晰夢

1.タイトルについて 
  私は  2005 年 8 月からずっと、長い夢を見ているような気がします。 朝がきて、目が醒めているという自覚があるにもかかわらず、私が今経験している 目の前の日常生活は、まるで「夢をみている」ように感じています。確実に「睡眠 中でありながら夢と自覚している」明晰夢というのは、まるで今の自分の経験して いる「起きていながら夢を見続けている」今の自分のまったく同じなのだなと思え ました。今回の作品は、その「状態」を instax フィルムでの視覚化を試みました。

2.なぜ私は醒めない夢をみているのか(「20050810」のスピンオフ作品)
  今回の作品「明晰夢/Lucid Dream」は「20050810」のスピンオフとして まとめました。私は 2005 年に急逝した息子の遺品をモチーフとして撮影して 「喪失と解放」とテーマにした「20050810」を 2017 年に発表しています。 私は 2005 年からずっと醒めない夢を見続けているのです。深い悲しみから 立ち直るということはありません。しかし、悲しみを整理し、認めて生きていくことはできるようになりました。ただ、私の目の前にある「日常生活」は 虚ろな夢のようにも思えるのです。私はこのまま夢からずっと醒めないで生きて 行くのだと思います。 

3. instax filmと遺品の類似点(これらの機材を使用したのか)
  私のアーティスト・ステートメントは「喪失の可視化」です。 
「20050810」では、自分の息子という「喪失」に対して 写真を使って対峙する事を試みました。そして、あの作品を観た人の心に入りそれぞれの「喪失」についても考えてもらうことを目標としてきました。 そして、あの作品はまた、違うアプローチからのフォーカスを試みる事でもっと観ている方への心の深い部分へ入ることができるのではないか?とずっと考えていました。
 instax film と出会った時に、この機材は 1 カット 1 枚しか現像ができない事、同じカットの複製写真ができないという「唯一性」という特徴に興味を持ちました。これは、「遺品」というモノを考えた時に、それがとても似ているように思えたのです。遺品はその人が残した「唯一」のものであります。複製することも、また年月が経つことによって、増えていくものでもありません。これは遺品がもつ特異性であります。それと instax film はとても相性が良く思えたのです。

4.私がこのフィルムで写しだしたかったものに気がつく
 出来上がったフィルムを見て、写真の画面にイメージとして出てきたのは、自分が見ている「目の前にある、形にならない夢のような」日々であった。これは自分の考えていた「明晰夢」のイメージだった。網膜に写しだっされているものは、はっきりとした画像を持っているにもかかわらず、私の意識の中では、このように、像を持たない虚ろな毎日であった。そして、それともう一つ、私は「写せなかった未来の想い出」を写したかったのだなと自分で自分を理解した。チェキカメラは、インスタントカメラですぐに現像ができて、すぐに画像が確認できる。楽しみながら、撮影して、想い出をみんなで分け合うことが多いカメラである。記念写真を撮るカメラと言ってもいい。そう、私はこの現像液が映し出す、形を形成しないこのイメージは、私は、息子と夫との未来の楽しい思い出をきっとこのカメラで撮影したかったのだろうな。だからこの写真は形を成さない。なぜなら、私の息子はこのカメラの前でいないからだ。私はこの写真の中に渦巻いている、抽象的な画像は、本当は現像液により形として形成され、私と息子の笑顔の写真であったはず。それを考えたら、泣けてきた。私はまだ夢を見ている。